西華東燭 幻宴花楼

            *翠月華』宮原 朔様へ


     




 「御勅使様は元より、今上帝様も、
  実は仰々しいことはあまり好かない御方です。」

とはいえ、例えば古いお顔のうるさがたが、
しきたりなり格式なりを軽んじるのをよしとしないので、
勅使様と護衛を数人という形であればもっと早ように着けたもの、
このような大掛かりな大移動では、何カ月もかかってしまいましてと。
黒い髪が美しい、澄んだ声の護衛官の君、銀龍と名乗った将は、
それはやわらかく微笑って見せた。
御勅使様に次いで此処の言葉を自在に操れる身だからだろう、
ずっと傍らで通辞の役回りも務めてくれた彼であり。

 「それはこちらの王とて同じですよ。」

誠実・堅実ではあるが、
なればこそ形式よりも質実を優先なさる人性をなさっておいで。
格好ばかりを取り繕うなぞ、
何の足しにもならぬと常々仰せではあれど、
それでは立たぬ筋もあると、
周囲を固める年寄りが、
10に7までは我慢をしいしいと言いつつ、時折 諌めておる次第…と。
主人を褒めているのか、はたまた体のいいこきおろしか、
こちらからも似たような言いようを持ち出すゴロベエ殿へ、
ヒョーゴも敢えて否定はしないまま、ただただ笑って見せている。
お互いが主人からのそれをたずさえて来た、
協定への挨拶の詞を綴りし親書を取り交わし。
過分な書をいただき痛み入りますと、
上出来のお声とお言葉をうら若き勅使様から頂戴しての さて。
嬉しい邂逅を祝してのという宴をもうけていただき、
弁務官ふたりのみならず、
連れの供らまでもが、東の珍しい酒や料理を馳走になっており。
文字通りの異国情緒に満ち満ちた広間にて、
手の込んだ料理に、味わい深い酒やら飲み物やら。
愛らしい女性のお供の方々らが、丁寧に接しのお給仕をしてくれて。
それらと共に宴へ供されたは、
こちらの彼らにはちょっぴり慣れぬ響きの音曲と、
妖し麗しい美しさ、
柳のような細腰に、薄絹を透かした胸元も妖冶、
嫋やかな肌をした娘たちの舞いが織り成す、夢のような舞台とで。
更紗を張った舞扇や、羽衣のひれのような薄絹を
はらひら揺らして舞った彼女らもまた、
御勅使様と共に旅をして来た身であったのならば、
何とも健気なことじゃああるが、

 “彼女らの意志もまた、それほどに強靭で一途だということだろうな。”

今上帝をどれほど信じているものか。
どれほど慕い、助けになりたいと思うておるものか。
そうでなくては…いくら屈強な護衛の方々も同行しているとはいえ、
男でも音を上げよう乾いた地への苛酷な長旅、
こんなに華奢で可憐なその身に強いて、
このような瑞々しい美貌、
保ったままでおれるはずがない…と思ったヒョーゴ殿だったものの。

 『男も顔負けの気概持つ女傑というなら、すぐ間近の後宮にもおろうに。』

ゴロベエ殿が苦笑をし、

 『キュウゾウ殿の気の強さも覚えておるが、それよりも。
  あの第一妃と来たら、
  カンベエ殿が遠征なぞで不在のおりは、
  どの大臣よりも頼りにされているという話だし。』

 『はあ?』

ちょっとまて、普通、王の補佐と言えば大臣らの仕事だろうが。
商家の夫婦じゃあるまいに、
主人が不在なのでと妻が出てくるなんてのは順番がおかしくないか、
それともこの国は、女王が立つこともあるのかと、
なかなか納得がいかなんだそうで。
……あの炯の国で務まったんだからと(?)その腕を請われた人ですが、
大丈夫なんでしょうか、こういうお人が外務関係のお顔でも。
(…う〜ん)

 「………、」

朗らか華やかな宴席は、さして乱れることもなくのお行儀よく、
会食と麗しい舞いとという穏やかな雰囲気の中にもお開きとなり。
双方とも、明日にはそれぞれの主人の元へ戻る旅に着かねばならぬ身、
ほっこりと微笑っての散会となったのではあるが。

 「? いかがされた?」

わざわざ玄関にあたる正面の大戸口まで、
見送りにお運び下さった御勅使様が、その愛らしいお顔をほのかに強ばらせたの、
さすが見逃しはしなかったヒョーゴ殿。
彼が見やっていたのは自分たちの背後と、
こちらはゴロベエ殿が後背を振り返ったものの、

 “お……。”

その動作に追いつかれまいとするかのように、
物陰の中、すっと身を沈めた気配が確かにあって。
伊達にその身ひとつで、広い大陸を風来坊として渡り歩いて来た彼じゃあない。
感覚の冴えと英断にも自負のある身ゆえ、
…それって天衣無縫なだけじゃあないかと、
このところの相棒様から言われたのも何のその、

 「待てっ!」

こちらの様子を伺っていたのではないか、ならば怪しい存在よとばかり、
あっと言う間にその身が駆け出している反射のよさよ。
そういうことは部下にさせればいいのだが、
命じることには慣れがないのが、彼の唯一の欠陥か。
あまりの反射に追いつけず、引き留め損ねてしまい、
しょうがないなぁと、口許歪めたヒョーゴ殿だったが、
そのまま戻した視野の中、
御勅使様の傍らにいたはずのもう一人もまた、その姿がなかったものだから、

 「???」

あれあれあれ?と怪訝に感じたは無理もなかったが、

 「銀龍もまた、同じ気配を追って行ったようです。」

幼い勅使様、何とか紡いだお言葉が、気のせいか微妙に拙くて。
彼自身も思わぬ何かを、やはり見たからなのだろかと、
会見の最後の最後に襲い来たった何かの影へ、
あらためて眉間のしわを深くしたヒョーゴ殿だったのだけれども。




     ◇◇◇


宴席をもうけて頂いた館のあった一画を離れれば、
やはり此処は自分らの側に馴染み深い土地だったのだと、
肌身で実感出来るあれこれが、すぐにも視野には飛び込んで来て。
砂っぽい石畳に、すすけた壁の町並み。
活気に満ちた市場と売り声や、香料の匂い、支那の音曲。
旅人だろう砂防のための装いか、
フードや長々引き摺る外套を、今は革の装具で絞ってまとめた格好の男衆などが、
緊張を解いてのゆっくりと歩む雑踏を、
少々もどかしげに掻き分けておれば、

 「ごめんっ!」

乱暴を働いて済まぬという意味か、
人込みの中、若魚がせせらぎを泳ぎのぼるようにすいすいと進んでゆく人影があって。

 “あれは…。”

ほんのついさっきまで共にいた人、
たとい短い逢瀬でも、ああまで印象的な美貌の君を間違えるものかと。
東洋の衣紋を器用にさばいて駆け抜けんとしている護衛官殿の後へと、
やや便乗する格好で追随して行ったゴロベエ殿で。

 「あなたは…。」

さすがにこちらの気配へ、彼の側でも気づいたらしかったものの、
振り払うより追うほうが先ということか、
意外そうに眉を寄せかかったのも束の間、
すぐにも、難儀さでは確実に上の、
雑踏の中を進むほうを優先すべしと選択した様子。
彼もまた、ゴロベエが怪しいと感じた“気配”を追っており、
どうやら、少しばかり前方をゆく、
頭から布をかぶった男の姿がそれであるらしいとの目串も刺せたので。

 “避けてくれるなよ。”

微妙に避けられては、この大雑踏に却って混乱を招いて危険かもと、
妙な案じをしつつ、それでも…傍らの出店の売り物のライチを1つ拝借すると、
それを素早く前方へと投げており。
さして大きな動作でもなかったのに、手首のバネだけで投げられた木の実は、
素晴らしい速さで人々の狭間を擦り抜けて、

 「…………っ☆」

彼らが追っていた対象の、見事 後頭部へ すこんと当たる。
追っ手がいるのは承知の遁走ではあれ、このような攻撃がくるとは思わなんだか、

 「……。」

何だ何だと言いたげなお顔がつい振り向いて来て、そして……。

 「………あ。」

そのお顔へ、意外なお人よと唖然としたゴロベエだったのはともかくとして、

 「な…っ。」

そのすぐ傍らで、東方からお越しの護衛官殿までもが。
えっ?!と息を引いての、随分な驚愕を示していたのもまた、
印象に残った反応だったのでありました。というのが、



  「……何をなさっておられますか、カンベエ殿。」


まさかにあのまま、
往来の真ん中でややこしい問答をするわけにも行かぬ。
そういう顔ぶれだとの自覚からか、
さすがにもはや逃げ出そうとはなさらなんだ怪しい人物というのが。
ゴロベエやヒョーゴには、今のところは主人にあたる砂漠の覇王、
自分たちを代理人に仕立ててこの町へ送り出した、
カンベエ当人だったものだから、そりゃあ驚くというもので。
そんな相手へライチをぶつけるか、
大人げない、スイカでなかっただけマシとお思いなさいませ、などと、
余計なごちゃごちゃを交わしつつ、
話の場を最寄の路地裏へと移した彼らであり。

  「なに。政務のほうに余裕が出来たのでな。
   体をほぐしがてら、遠駈けに来たまでよ。」

  「連れもなくのお一人で、ですか?」

  「儂を襲うような不心得者、
   此処から先にというなら判らぬが、
   此処までの土地にはおるはずもなかろうて。」

相変わらずに、ああ言えばこう言う、口の減らない覇王様だったが。
それでも、護衛の供もないままの単独で、
しかも誰へも断りを入れずに国外に出て来ただけでも、
酔狂なぞと暢気な言いようをしている場合じゃあない、
奔放にも程がある行為と言えて。

 「…よろしいでしょう。
  城へ戻ったら、まずは正妃様にこってりと絞られておしまいなさい。」

 「う………。」

貴殿の痛いところくらい、キュウゾウやヘイさんから訊いて存じてますぞと、
ゴロベエ殿なりの灸を据えたはともかくとして。

 “…どうしてまた。”

豊かな黒髪を背中へと流し、濃い色のビシュトをまといし頼もしい肩。
実年齢を聞いたら少々ギョッとするような、
およそ壮年殿には見えぬ精悍さや雄々しさに合わせてか。
大人げない振る舞いであればあるほどに、
どこかへ別な意図を抱えておいでか、
はたまた…そうすることで、
誰かの何か、糊塗してやろうと思っておいでか。
王城のある都を遠く離れてこんな地へまで、
弁務官に任せたはずの対面の儀をこそりと覗きに来られた覇王様が、
此処へ来た理由は仰せになったそのままの“思いつき”なのだろう。
東方からの使者らを見物してやろうという、
子供のような目論みからの茶目っ気のみであったに違いない。

  だが、ならばどうして…こんなして気配を追わせた?

彼は単なる名ばかりの覇王ではない。
若いころには司令となって前線にも立ったという、武勇もそなえし剛の者。
いまだに身のさばきようにも切れがあり、
何となれば将軍としても名を挙げられたろう、並外れた才をも持つ練達だというに。
どうしてあの幼い勅使殿や自分へまで、その気配をあらわにして追わせたのか。
気づかせもせぬままでおれたはずだろにと、怪訝に思っておれば、

 「して。
  そちらの女傑は、もしやして
  東方からおいでの御勅使殿の関係者かの?」

 「…………女傑?」

ひょいと顎先をしゃくるようにし、
ゴロベエ同様、しゃにむに彼を追って来た護衛官殿を示したカンベエであり。

 「この彼は護衛官殿で…女傑?」
 「おや、気づかなんだのか?」

東方の衣紋はなかなかごちゃごちゃしておるし、
女性は皆、胸元を妖麗に見せておるから、
そうでないこちらがそうとは判りにくかったのやもしれないが、と。
しゃあしゃあと言ってから、

 「東方から逃げて来た盗賊一味の中にな、
  儂を見てとんでもなく慄いた奴がおったのだ。」

イスラムでは肖像を描くなんてとんでもない背信行為、
よって、それが覇王様でも姿絵なんてものは出回ってないはずで。
なのにも関わらず、
あちこちで頻発しつつあった、東方からの逃げ込み組、
手ごわい盗賊一味のお調べにと、時折 眸を通す覇王様の顔を見て、
殊更 驚く顔触れがあまりに後を絶たないものだから。
これは一体どうしたことかと、そこの部分を特に聞きほじってみたところが、

 「東方の唐国の有名な将軍に、儂によう似た御仁がおるらしゅうての。」

ふふと笑った覇王様だったのは、
悪鬼のような所業を重ねた盗賊一味が、
こぞって震え上がるほどの将軍と取り違えられることへ、
まんざら悪い気はしないとでも言いたいものか。
そして、そんな覇王様を、

 「……………。」

ただただ呆然と見やっておいでの、唐からお越しの護衛官殿。
話の流れから察するに、

 「もしかして、貴殿もこの方をその将軍殿と取り違えた、とか?」
 「…っ。あ、いや・あの、えっと………。////////」

意表を衝かれましたと言わんばかり、
さっきまでの余裕はどこへやらで、大きく戸惑ってしまわれた護衛官殿であり。
しかもしかも、

 「……………女傑。」
 「気にすることはないぞ、ゴロベエ。
  ウチの大臣たちなぞ、
  誰ひとりとして あのヘイハチが女だといまだに気づいておらぬしな。」

いくら自分のお身内だからといって、
一足飛びにどういう慰め方をする覇王様なやら。
王城からも母なる砂漠からも、微妙に遠い旅先の空の下。
それでもご自身の歩調は乱されぬ覇王様なのへ、
此度ばかりは呆れるしかないゴロベエ殿だったらしいです。






  〜Fine〜  11.07.29.

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  *西域のお話は比較的すいすいと書かせていただいておりますが、
   東域のお話となると、これがなかなか難しいですね。
   サクラ咲く頃に出発なされし東方からのお客人、
   当時の行幸ならば、ままこのくらいで到着かということで、
   書き始めたはいいのですが…。
   確固たる文化、風俗や何やが調べりゃ判るなら、
   ずぼらをしちゃいかんのではなかろうかと、
   ついつい思ってしまうものの、
   さすがは歴史の長い地域だけあって、
   手をつけ始めるとこれがもうもう、
   時代ごとのあれこれが山ほどあるから
   キリがなくって手に負えない。ううう…

  *とりあえず、
   韓国の歴史ドラマはあれこれ放送されていて、
   王宮の華やかな衣装や習慣とか、結構 知れ渡って来ておりますが、
   そういえば中国の時代時代の王宮の装束とかって
   あんまり知らなかったなぁと気がつきまして。
   それで、今回のお話にかかわりのある範囲を調べてみたら。
   意外なところで 既に観ていた映画がチェックされまして。
   『王/妃の紋/章』という作品で、
   唐時代の架空の王宮が舞台とあって、設定も もろにストライク。
   後で知ったのですが、
   あの上海五輪のオープニングセレモニーを演出した人が
   監督さんなんだそうです。

   ………で。
   男性陣の衣紋は、
   いかにも中国の王様たちや武将たちといえばというイメージそのままで、
   特にどうという違いもないような気がしたのですが、
   女性たちは今で言うチューブトップ風の内着を着ていて、
   王妃や女官らまでもが、胸の谷間を見せる妖麗な装い。
   お初に観たおりも、
   儒学の国で、いいのかそんなんでと思わんでもなかったですし、
   実際、三国志の舞台になった頃や、ぎりぎり後漢の時代までは、
   肢体も か細く、ぎっちりと衣紋を着込んだ、
   それは慎み深くも清楚な美人が尊ばれていましたが。
   そこから時代の下がった この時期は、
   草原の道、絹の道を経た、東西交流が盛んな時期でもあり、
   西域のペルシャ辺りの文化が物資と共にどんと流入してもいたそうで。
   そこから、女性の美への物差しも大きく様変わりしていた模様。
   唐の末期に咲いたあだ花、
   あの楊貴妃も そりゃあふくよかで妖艶な肢体をしておいでで、
   西の血を引く一族の出とされてもいますしね。


  *そんな程度のお勉強しかしないまま、
   書いてしまいました代物です、すいません。
   何せ、大陸の東と西の端っこ同士という陣営の皆様ですんで、
   今回 出会いの場こそ何とか持たせられましたが、
   とにかく遠いっ。(何を今更・苦笑)
   以降のお付き合いはというと、
   お互いの関係弁務官さんを通じ、
   ぎりぎりの端境いである この吐火羅へ派遣するのが限度じゃなかろうか。
   大事なお話は鳩か早馬での文通で…ということになるのかなぁ。(う〜ん。)

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

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